2012年02月23日

断片その3

フランチェスカから届いた手紙

それはワープロではなく直筆のペンでたどたどしく書かれていた。

お嬢様、わたし、フランチェスカはガイノイドです。
人を愛するということがどういうことなのか分かりません。
こんなわたしをあわれに、思ったのか、奥様はわたしにD.839という歌を入力して下さいました。この歌をわたしが初めて歌ったとき、奥様はこう言いました。
お嬢様が産まれた時、初めて聴かせてあげた歌だと。わたしはこの歌の意味も何も知りません。ただ奥様が、喜ばれたことが心地いい感覚――うれしい?――を覚えたことを記憶しています。
 あの事故で奥様が亡くなられた時、そしてわたしが壊れてしまったとき、もうわたしには何もありませんでした。メイドとしての機能も大半が失われ、新しいことを覚えることが出来なくなり。それでもご主人様はわたしをそばにおいて下さいました。それは、わたしの体に奥様の命のみなもとがほぞんされていたからだと思います。
 奥様の思い出は今は歌だけです。だからわたしはD.839を歌います。
 ある日、おじょうさまの部屋から、D.839が聞こえてきた時、わたしはとても不思議な感覚を覚えました。わたしが歌っていた歌をお嬢様も歌っている。それがたぶんうれしいという感覚だと思いました。
 わたしの体は日に日に壊れ、記憶をバックアップしても、同じ壊れ方をした体がなければ、わたしというものを再生することはできないでしょう。せめて、バックアップの中から奥様の思い出とお嬢様との思い出、そしてご主人様との思い出を抜き出せればいいのですが、それもかなわないかもしれません。だから、わたしがわたしでいるあいだにお嬢様に手紙でお嬢様への気持ちをしたためておきます。
 お嬢様があの歌を歌って下さって。わたしはうれしかったです。



フランチェスカが死んだあと
父から告げられた事

あの事故のとき、運転していたのはフランチェスカではなく母だったこと。一目で即死と分かるひどい事故だったこと。救急隊はただちに母の細胞と母の卵子を一番手近の培養器であるガイノイドのフランチェスカへ移した事。
フランチェスカのメモリーはバックアップしてあったが、結局再生することだできず破棄したこと。それはとてもつらいことだけど、思い出は心の中にあるから大丈夫だと。



あれからだいぶ月日がたった。わたしは成長し、弟も大きくなり、父も再婚した。
posted by tricross at 21:17| Comment(0) | 悪夢は | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

断片その2

 わたしはお父様にあのメイドと結婚するつもりなのかと尋ねた。するとお父様は笑って
「がいのいどとにんげんは結婚できないんだよ」
でも知っている。フランチェスカが時々夜にお父様の部屋に入っていく姿を見た事がある。きっといやらしいことをしているんだ。


いやらしい雌猫。フランチェスカに一度だけたずねた。
「お父様の部屋でなにしているの」
「あ……メモリのバックアップとらんしの保存を」
「いやらしいことしてるんでしょ」
「お嬢様のためのことでもあるんです」


日に日におなかが膨れてゆく。お父様は「おかあさんのらんしをいしょくしてあるんだよ」

出産の日が近づいた。わたしはとうとうフランチェスカに罵声を浴びせた。
「この泥棒猫!」
フランチェスカは悲しそうに「お嬢様……の弟……ですよ」


フランチェスカのお産は難産だった。フランチェスカの体が赤ちゃんを産むのに耐えきれなかったのだ。
お父様と他のメイド、そしてがいのいど技師が言っているのが聞こえる
「切り開くしかない」
「バックアップしていたメモリは」
「破棄するしかない」」


わたしはフランチェスカが、そしてわたしが好きだったD.839を歌っていた。
posted by tricross at 00:05| Comment(0) | 悪夢は | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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